-less

あの頃。
かけっこが一番速かった方がエライやつだった。
給食を一番早く平らげたほうがエライやつだった。
鉄棒で逆上がりが出来るほうがエライやつだった。
新しい遊びを思いついたほうがエライやつだった。

今思えば、ホントどうでもいい事なのに、あの頃は私達、それを取り合うようにいろいろ騒ぎ回ってたよね。

ねぇ、覚えてる?
私、あんたに逆上がり教えてもらったこと。
本当はね、すっごくくやしかったんだよ。
あんた、私よりチビだったくせに、かけっこだって私が速かったのに、あんたがクラスの中で一番先に逆上がりできるようになってさ。
でも、私は最後まで出来なくて。

なんでだろうね。
今、すっごく、その時の事、思い出すんだ。

あんたが隣で今、一生懸命逆上がりしているからだろうね、きっと。

 

【-less】

 

大学に入って初めての夏。
先輩のコネを持っている友達とのいろいろな駆け引きをしながら乗り切った初めての前期試験の成績は、まぁ神のみぞ知るお答えなのだろうから、あとは時間の過ぎるに任せるのみとなった。
高校時代に比べて大幅に長い夏休みをどう遊んで過ごそうか。
みんながスケジュール帳とにらめっこして、いつ長期間の割のいいバイトの日を入れるか、いつ自動車の免許を取りにいこうかと綿密な予定を組んでいる中で、めったにスケジュール帳に予定を書きこまない私もまた、ある日にだけ、少し明るめの緑のペンで印をつけている所をじっと覗き込んでいた。
八月第一週の土曜日。
そこには、《同窓会 六時から》とだけ書かれていた。
あー、明日なんだなー。

それはなんとまぁ、いきなりの電話だった。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、もう顔を合わせなくなって久しい幼馴染の声。

「オレと前島で企画したんだ。中学校の時のみんなと集まって、同窓会、しないか?」

久しぶりの挨拶もそこそこにぽんぽんと話を進めていく、私が知ってた頃のあいつと全然変わらない声のテンポ。
あぁ、でもまた少し、声、低くなった?
ねぇ、元気だった? あ、でもその調子だと元気だったんだろうね、きっと。
言いたい言葉が頭の中にどんどんあふれてくるのに、私が言ったのは、『うん、行けると思う』のそっけない返事。

あー……もぅ……私の、バカ。

何度目だっけ。もう数える気にもならない。
けど、こんな自己嫌悪な後悔をはじめるようになったのは、中二の時からだってのは、情けないことながらよく覚えている。
きっかけは、ほんと些細なこと。
あいつが、私の身長を追い越した。
今までいろいろくだらないことに熱中して張り合って、エライやつを競い合っていた私達。
チビだったあいつが、同じ目線になって、今度はあいつが私を見下ろすようになって。
いわゆる、思春期というやつだろう。
それを意識しだした途端、私があいつをもう「ふざけあう幼馴染」として見れなくなってしまったのだ。
あいつと馴れ合っていたことに対して、周りからはやし立てられていたって言うのもある。
とにかく、そばにいるのがどうしようもなく気恥ずかしくなって、以来、私からあいつに近づくことはなくなってしまった。
それでも、あいつは時々、茶々入れに来てくれていたけど、だんだんとすれ違うようになって。
あいつと最後にしゃべったのは多分、卒業式の頃ではなかったような気がする。
そんな感じでしゃべらなくなってしまったのに、今のこいつの、変わらない声のテンポ。
なのに私は。

私、中二のままで全然成長出来て無いじゃん。

受話器を置いた後の私の、自己嫌悪に沈むその情けない姿と言ったらもう……。

「どうしよっかなぁ……」

行くといった手前、今更、行かないなんていったって仕方がない。
というか、確かに尻込みする気持ちはあるけど、行かないなんて、そんなもったいないことは絶対にしたくない。むしろ、その…会いたいんだよ。
中学を卒業してからは、別の高校に進学してしまった私達。しかも、学校は逆方向で、さらに通学時間も私のほうが長いから、バス停から駅まで偶然乗合わすなんて事も全然なかった訳で。
だからね。会いたくないんじゃない。むしろ逆。
でもじゃあ、この心のもやもやはいったいなんなんだ……?
ねぇ、もう私は中二じゃないんだよ。

「………はぁーあ」

私の……バカ。

◆ ◇ ◆

「うわー、みんな変わったねぇ」

ほんと、そう思う。
私は公立の中学校に進んだから三年ぶりな子達の方が多かったんだけど、それでも中学で別の私立の中学に進んだ子と同じくらい、私もびっくりしてしまった。
お化粧とか、流行の服とか着ててさ。けど、高校の時とは違ったかわいさがちゃんとそこにあって。
あと、実際一人暮らしをはじめた子なんかもいるからかな。
見かけだけじゃなく、たとえば宴席のさりげない片付けとか…そういった所が大人になったんだなって感じてしまう。

あー、どうしよう。なんか、私、全然変われてない。みんなこんなに変わってるのに。

こんなことならせめて見た目だけでも変わった感じになろうってがんばっておけば良かった。
先週の買い物の時に見かけたショーウィンドウのパステルブルーのキャミソール。気に入ってたけどお金足りなかったし、わざわざ飾り立てていくもんじゃないだろうって、結局渋っちゃったんだよね。
せめてスカートでも履いてこればよかった。
私だけ飾りっ気の無い七分袖のシャツにジーパンだもんな。
最近買ったブレスレットもしてみたけど、なんか、苦し紛れのアクセサリーみたい。なんだか手になじんでないし…みんなの方がもっとかわいい。
みんな、ほんと、大人っぽくなった。

「よっ、飲んでるか?」
「…あんたもう酔ってるでしょ」
「そりゃオレ幹部だもん。真っ先に酔わなきゃ」
「それ、なんか違うんじゃない?」

特に、ね……こいつが。すごく、変わった。
眼鏡なんて掛けてなかったのに、いつの間に、そんなの掛けたの?
髪型、少し変えたんだ…今までスポーツ刈りだったのに。
あんまり日焼けしてないね。もう部活しなくなった?
近所にいるのに…全然知らなかった。
あぁ、でも今は寮生活なんだっけ。
それでも週末は帰ってきてるんでしょ?おばさんには時々会うもの。なのに、あんたには全然会えないね。
頭の中に浮かび出ては、言葉にならないセリフ達。
……あー、もぅ。
何今更意識してるのさ!なんかだんだん腹たってきた!!
もう今じゃなんでもないんでしょ。だったらみんなとふざけあうみたいにこいつとしゃべればいいじゃない!
よしっ!!

「おーい、幹部さーん!お酒足りないよー」
「えー、オレ、パシリっすか?!」

…て、あ。もう行っちゃったよ。
あーあ。
騒ぎたいんだけどなぁ、あいつと。
隣を離れていくあいつの背中を見送りながら、おつまみをぽりぽりと口に運ぶ。
なら自分から行けばいいじゃんっていう至極もっともな意見を喚き立てる私も一緒に噛み砕く。
わかってるよ。そりゃ。
……何、拗ねてるんだよ、私。

「あいつ、なんか感じ、変わったよね」
「え、そっかなぁ?そんなに変わってないと思うよ?」

なんでかな。みんな、あいつが変わったって事、私が知ってて当然のように囁いて来る。
私がその変化に一番驚いてるのにさ。
そういってるみんなだって十分、変わってるじゃない。
なんだろう。わたしだけ、変わってないように思っちゃうよ。
そんなことを考えている私の向こうで、あいつは男の子の中で何か楽しそうに笑い声立てて話してる。
そりゃ、まあ、私だってこんな卑屈な考えに陥りながらもさ、みんなと笑って話してるんだけど。
あ、でも何の事でしゃべってるのか、全然分かってないかも。
今の話題、なんだろ。あ、カラオケの話か。
あ、いつのまにか彼氏の話になってる。うーん、私にはまだ無縁な話さ。

二時間半の宴会。
みんなとしゃべりながら、ふと目で追いかけたあいつは、一気飲みさせられてたり、脱がされかけてたり……もう、ほんと、なにやってるのよ。目で追いかけてる私が情けなくなってくるじゃない。
というか、男子、悪乗りしないでよ、もぅ……いや、でも、微妙に、ね。期待してしまったけどね。
……サ、サイアク……。
でも、そんなはちゃめちゃな時間はすぐに過ぎて、おひらきとなった。
みんなと携帯の番号交換したり、また今度遊ぼうって約束したり、ホントすごく楽しかった。
一握りの寂しさが、結局、消えないままで残ってたけど。
それでも、うん。
楽しかった。

◆ ◇ ◆

「あんたの大学って寮制だったっけ、確か」
「おぅ。けどやっぱ家のほうがいいな。家のご飯から湯気でてるっていうのがさ、ほんと、しみじみありがたく感じたなぁ。寮のご飯っておかずが冷めてたりとかしててさー」
「うわー、結構大変なんだ」
「んー。慣れてしまえばそれほどでもないけど。それに悪いとこばかりでもないかな。たまに家に帰ってくる時のほうが、親が優しかったりするしさ」
「あはは。確かにそうかも」

酔いざましがてらの帰り道。
おひらきになった後も、なんだかんだと寄り道しているうちに時間は夜中に入ろうとしていた。
〇時の最終バスを五分前に逃してしまった私達。それなら歩いて帰ろうかってことで、二人でバス通りを一筋中に入った裏道をとろとろと歩いていた。
さっき母さんに連絡したら、『早く帰ってきなさいよ』のいつもの返事。
ゴメン、母さん。やっとこいつと二人だけでしゃべれる機会が出来たんだ。だから歩いて帰ってちょっと遅くなっても、愚痴は聞くから帰りを急かす電話は掛けてこないで、お願い。
見上げると空は、満面とはお世辞にもいえないけど、きれいな星空。満月の近くに雲がかかってなかったら満点なんだけどな。その満月はもうすぐ中天にかかろうかとしている。
少しほてった頬には、夜風が冷たく気持ちよかった。
住宅街を照らす青白い蛍光灯の外灯。
知らなかった。真夜中の外って、こんなに静かなんだ。
バス通りを一筋中に入っただけで、何の音も感じなくなる。
あ、だからかな。
隣でしゃべっているこいつの声が、周りから響いてくるような感じがする。
結構小さな声でしゃべっていると思っていたのに。
じゃりじゃりと足元でアスファルトが擦れる音。
道端に生えている雑草に隠れて鳴く虫の声。
全身が、普段なら聞き逃してしまう音達を捉えている。
なんか、不思議な感覚だ。頭が冴えてくる感じがする。
あー、きっとそれくらい、私、酔ってたんだ。酎ハイグラス四つ空けたからなー。

「あ」

ほんの少し先の外灯の下を、ちゃりんちゃりんと鈴を転がした音と一緒に三毛の猫が走り去っていくのが見えた。
思わず立ち止まって、それの行方を目で追いかける。
白い壁を飛び降りてきたその猫は、軽快な足取りでアスファルトを横切り…フェンスを飛び越えていく。
ちょっと低めの、緑色のフェンス。
その中に並んで立っている背の高い、ポプラの樹。夜風に揺れて、さわさわと優しい葉擦れの音が聞こえてくる。
その向こうに見えるのは、砂地のグラウンド。
そのずっと向こうには。
夜になるとトイレから幽霊が現れるって言われていた、灰色の校舎。夜闇に沈むその姿は、確かに、何かが出そうな感じがする。
ああ、でも。
もうここまで歩いて来てたんだ。

「小学校だ……」

なんだか特別な感じがするね。だって今日は同窓会があった日なんだよ?

「あの猫、ここの小学校に住み着いているのかな」
「野良猫か?鈴の音がしてたし、どっかの飼い猫じゃないか?」

ふと。言葉が切れる。

顔を見合わせると、ちょっとしたいたずらを思いついたガキンチョのような笑顔で、こいつが笑う。
あ、何か企んでる。もしかして?
ざわっと私の心が、躍りだす。
それは、とても懐かしい感覚だった。
ずっと昔に置き去りにした、ガキンチョの私が動き出したのだ。
あーあ。
本当なら、その企みを止める役に立たなきゃいけないんだろうけど、この笑顔につられる私は、そんなに大人ではなかったらしい。いや、もしかしたら、なけなしの大人の私はお酒に酔ってダウンしてしまったのかもしれない。
でもきっと、こいつもそう。
だってほら、大人だって思ってた顔が、すごく子供っぽく見えるんだもの。

「なぁ、ちょっと寄ってかないか?」

にっと笑ってフェンスを指す。
あー、やっぱり! そうだろうと思ったんだ!!

「寄っていきますか?」

答えた途端、どちらからともなく笑いがこぼれた。
真夜中ってこともあったから大きな声出して笑えなかったけど、ほら、いたずらを思いついた時の笑い方って忍び笑いのほうが「らしい」よね。

「よっ!」

カシャンっと軽い音を立てて、フェンスに足を掛ける。
心が、音と一緒に弾みあがる。だってフェンスに掛けた手足が妙に軽いんだ。
スカートで来なくて良かった。スカートだとフェンス、登りにくいもんね。
軽く地面に降り立って、傾斜になっている土手を降り、雨水排出用の溝を跳び越えると、そこはもう無人のグラウンドだった。

「わー、誰もいないグラウンドって広いんだー」
「そりゃそうだろ」

なんだろう。
宴席で抱えていた…ううん、そのずっと前から抱え込んでいたもやもやがすーっと溶けていくみたい。
体中から、ガキンチョの私が何かを訴えかけてくる。
うずうずして、たまらない。
どうしようか?
考えるまでもないでしょ?
目の前は広いグラウンド。あとは、そう、ゴールが欲しい。
目線を遠くに延ばすと、鉄棒が待ってましたとばかりに輪郭を浮かび上がらせてくれる。
あー、さっきまで雲に隠れてたんだ、満月。空までが私に味方してくれているみたいだ。
さてと。ゴールは決まった。
あとは走るだけ!

「ねぇ!」
「んー?」
「鉄棒まで競争!」

言うが早いか、私は駆け出していた。後ろでは、不意打ちを食らったあいつが「あ、ズルっ!」と悪態をついて駆け出す足音。
あーもー。私、ガキだなぁー。なんでだろ、こんなに嬉しい。
今絶対、すごい顔して笑っているんだろうな。
見るなよ、こっち見るなよ。
息づかいがすぐ隣で聞こえてくる。私の息づかいよりも、こいつの息づかいのほうがよく聞こえる。
追い越されても、追いかけられるんだ。
それがたまらなく、懐かしくて、嬉しい。
いつのまにか、横を追い抜かして夢中で鉄棒目指して走るこいつの背中を見ていた。

「よっしゃ!勝った!」
「まけたぁー」

お互い肩で大きく息をつきながら、鉄棒にしがみつく。

「なんか久々に走ったなぁ」
「あっはは、じじくさー」
「るせー」

背中を、汗が伝っていくのがよく分かる。ああ、風が気持ちいい。
鉄棒の近くにある水飲み場にのろのろと歩いて、蛇口をひねり、溢れ出る水を口に含む。少し暖かい水ではあったけど、今の私には十分冷たい水だった。
洗面台に水を張ったまま置き去りにされたブリキのバケツに水が跳ねて、水面にいくつも水の輪紋を広げては消えていく。
名残の揺らめきが、外灯のわずかな光を反射していた。

「なんかさー」
「んー?」
「これ、鉄棒なんだよな」

……はい?
背中に投げかけられた言葉の意図するものが見えなくて、後ろを振り返る。
私だけ水を飲みに来ていたので、まだ鉄棒にしがみついてへばっていたのだろうと思っていたら、こいつは鉄棒にぶら下がって前回りをしていた。

「めちゃめちゃ低い」

降りる寸前のまま止まって、逆様の状態で私を見上げて言う。
あー、そういうことね。

「そりゃ、小学校用のだもん」
「でも、高学年用のでこれだもんな」

すとん、と降り立ってぽんぽんっと鉄棒をたたく。
ああ、でも……そっか。小学生の時は、ここで鉄棒するのはちょっときつかったんだよね。特にこいつ、背が低かったから…って笑っちゃいかんいかん。

「なんだよ」

にやける私の顔をみて、苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
あ、もしかして、同じ事考えてた?

「んー。あんた、背が低かったなーって。結局、この鉄棒よりもう少し低いこっちで練習していたもんねぇ」
「るせぇ」

と、少しイジケタ感じに軽く蹴りを入れてくる。

「あー、暴力反対ー」
「あー、うるせぇうるせぇ」

しっしっと手を払いつつ、その顔は笑っている。
なんかちょっとかわいいぞ。

「けど言っとくけど、そのチビのオレから逆上がり教わってたのはオレより背の高かったお前なんだからな」

……うっわ。忘れておきたかったことを……きっちり覚えてやがったよ、こいつ。

「け、けど連続逆上がりできるようになったのは、私が!先なんだからね!!」
「けど地獄回りはオレが先だったね」

うーわー、ムカツク!!

「ちなみに片足回りもオレが先だったな」
「な、べ、別に鉄棒の他にも、私、あんたに勝ってるでしょ!」
「体育全般は俺のほうが良かったぞ」
「体育はそうだけど、国語と社会と英語はあんたに勝ってたじゃない!」
「うわ、お前そっちでくるか。なら言うけど数学はオレが上だ!あと、理科も!」
「でも中学の実力テストで私、数学で勝ったわよ」
「けど学年末で総合でお前に勝っただろ」
「その分春の実力で抜き返してる!」
「んじゃその後の―――」

と、言いかけて、急に口ごもる。
……あ、そっか。その頃から、私、こいつを避けだしたから……比べあうこと、無かったんだよね。

「……ふっ」

でも、なんか、可笑しい。
なんでこんなどうでもいいことなのに比べあいっこして、しかも…一緒に思い出せるなんてさ。
だんだんと笑いが込み上げてくる。
少し難しい顔をしていたこいつも、いつのまにか、つられて笑ってくれていた。
あーあ。
どうして私、こいつの事、男だと意識するようになっちゃったんだろう。
意識しなかったら、もっと言い争えていたのに。
もっとふざけ合えていたのにね。
もったいないよね。自分から離れていって、さ。
目線が同じになって……まだその時は良かった。いきなり見下ろされるようになってから、かな。
目線が変わっただけで、今までの関係が変わるわけじゃないのに。なのに、私、逃げちゃった。
こいつは変わらず茶々入れに来てくれてたのにね……。

「なぁ」

ひとしきり笑い合って、鉄棒に手をかけるこいつ。よっと声を上げ、反動をつけて逆上がりを決めた後、そのままぶら下がる。
つられて私も鉄棒に手を掛けて鉄棒に乗る。

「なんかさ」
「うん」
「今日、なんか、おとなしくなかった?」

隣で連続逆上がりを難なくこなすこいつに、思わず、驚きの目を向けてしまった。
意外というか…なんというか。
なんでバレたの?あんたが話し掛けに来てくれた時は、結構普通にしていたのに。
どうなんだ?という風に私に目を向けてくるこいつ。
なんていったらいいのか分かんないけど…でも、『そんなことないよ』って言葉を返す気にはなれなくて。

「ん……まぁ、ちょっと…ね」

あいまいな笑みを浮かべて、校舎のほうに目を移す。
こいつの前では、上手に振舞おうとしなくていいじゃない。大人の私は寝ているんだから、さ。

「みんな大人っぽくなったなーって、思った。
なんていうか、ほら、一人暮らしはじめてる子とかもいて……うん。大人だなーって。
そしたら、ちょっと寂しいなって。
私だけ、なんか変わってないみたいでさ」

いや、実際、何にも変わってないしさ。

「ふーん」

ふーんってあんた。

「お前も同じ事考えてたんだなー」

……はいー?
あんた、何言ってんのよ。第一、あんたがめっちゃ変わってて、ちょっと…いや、もう少しはびっくりしたんだからね、私は。

「けどさ、こういうのって、《隣の芝生》なんだよな。しかも、三年分の成長をいきなり見ちまったわけでさ。だれだって変わったなって思うよ。
お前だって、変わってたしさ。おとなしくなったって言うか。あ、でも元気なかったからなんだっけ?」

んなろぉ……普段の私はうるさいとでも言いたいのか?
けど、あいにくだけど私は全然変わってないよ。

「けどさ、なんだかんだ騒いでるうちにさ、あ、こいつ、変わってねーってとこもあってさ。オレ、ちょっと、ほっとした」

……………。
うん…それは、確かに、そっかな。私だって、あんたがここに忍び込もうかって言った時、嬉しくて、うん。ほっとした。変わってないなーって。
みんなといる時だって、流行についていけないとこはあったけど、話してる空気はだんだん中学の頃の感じになってきて、うん。 この空気は変わってないんだなーって、思ったよ。

「大人になったなーとか、成長したなーっていうのは、なかなか自覚できないことなんだよな。他人に言われてなんとなく、あ、そうなのかなって思うけど。
だから、その、なんだ。わざわざ大人ぶることもないかなってオレは思うぞ?少なくとも、懐かしいなって思ってるみんなの前ではさ」
「……うん、そうだよね」

………私ね、焦ってたんだよ。久しぶりに会ったみんなやあんたが、急に大人になったように見えたから。だから私も大人ぶらなきゃって。特に…あんたの前ではさ。
そんな必要、全然無かったのにね。
だって、こんなに笑ったり、騒いだりしたかったんだよ。私、あんたとさ。
ずっと、ずっと前から。
あーあ。
私、大好きだったんだ。あんたと一番を競い合っている時間が。
なのに、大人ぶって我慢しちゃって。もったいない事したんだなー、ほんと。
また連続逆上がりをするつもりなのか、足をぶらぶらさせているこいつ。
きっと顔つきからして、どこまで連続逆上がりができるのかを試そうとしているのだろう。
あーあ、こいつ一生懸命になっちゃって……。
知らないだろ。私があんたと一番を取り合いっこしていた時間が、大好きだったってこと。
なーんか、ムカついてきたなぁ。私一人だけ、モヤモヤしてるなんてさ。フェアじゃないでしょ?
……あ、いい事考えた。

「ねぇ」
「んー?」
「私さ」
「んー」
「あんたの事、好きだったぽいよ」

鉄棒に目を向けていたこいつが、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して、私を見上げてくる。
あっはっは、予想通りの顔だ。
してやったりな気分で、にっと笑い返す私。

「………過去形かよ」

え?

小さくつぶやいて逆上がりをするこいつ。
え、ちょっと待って。何、今の?
どう答えていいか分からず、多分、さっきのこいつと同じ顔して、私はこいつの逆上がりを見ていた。

「……ねぇ、それじゃあ現在形にしちゃっていいの?」
「………過去完了形にならないんならいいんじゃないか?」
「ちょ、そ、あ、なー?!」

ちょっと、そうじゃなくて、あんたはいったいどうなのさ!
…と、言いたかったけど、情けないくらい取り乱す私。
あ、ムカツク、今こいつ笑った。

「ちなみにあんたはどうなのさ」

取り乱しもほどほどに、無理やり心を落ち着けて問う私。
しばらく止まって、こっちを見ないまま逡巡するこいつ。

「………現在完了形、かな?」

あ、逃げやがったこいつ。
結構勇気出していったのに。ひどい。

「………じゃあ、ちゃんと言ってよ」

…………………。
しばしの沈黙。
うわ、なんか心臓バクバク言いだした。
ていうか、こんな展開になるとは思ってなかったし…いや、そりゃ、その、笑ってさ、何言ってんだよって言ってくれるのが落ちかなって思ってたから…って、えーとー。
これってやっぱ、あれだよな。
告白させてるってやつだよな。
………………。
うーわー。あたしゃいったい何させてんだよ!

「なぁ」
「は、ハイっ」

うわ、声裏返ってる…

「オレさ」
「う、うん」
「好きになってしまっている、ぽいぞ。とっくの昔に」
「………え、あ、うん」
「…………」
「………………」

何言えばいいのよ。間、間が持たん!

「で、お前は?」
「………ハイ?!」
「どうよ」
「え、な、んな」

私先に言ったでしょー?!

「……過去形のままか?」

苦笑交じりに言う。けど、そこになんか意地悪な空気も混じってるような気もするけど?
ていうか、気づけよ!
女に好きって言わせるのはかっこいい男じゃないってどっかの雑誌で読んだ事があるぞ。
あ、もしかして、わざとか?わざとだな?
なんかむかついてきた。
さっきはぐらかしたもんな、こいつ。
なら。

すとん、と鉄棒から降り立って。
深呼吸ひとつ。

「あのさ」
「おぅ」
「………好きになるかもしれないっぽいよ?」
「…………」
未来形。
ふ、勝った。
勝ち誇った私の顔を見て、一寸の間をおいた後。
ぷっと吹き出して参ったなーというように笑い出すこいつ。
いつの間にか私達、声をそろえて笑い出していた。
でもこいつ、私がどう答えるのかわかっていたみたいだ。
えーえー、どうせ私は素直な人間じゃございませんよ。
あーもぅ、笑いが止まらない。
なんで私達、こんな感じなのかな。
でも嫌いじゃないんだけどね、こっちの空気の方がさ。
甘さを求めるより、うん、こっちのほうがいいや。らしくて。

「じゃあとりあえず現在形になるようにがんばってくれ」
「あんたのがんばり次第かなー」
「……まぁ、がんばってみるっす」
「ん、まかせた」
「まかされた」
ぱんっと軽く手をたたき合う。
まだ笑いが止まらなかった。

◆ ◇ ◆

子供の頃、一生懸命鉄棒をしていたのを思い出す。
負けたくなかったこいつにはじめて教えてもらった、逆上がり。
そこに見える一瞬の世界を、こいつは、好きだといっていた。
空を下に見る感覚。ジェットコースターみたいだと、バカみたいにぐるぐる回って見せた。

ねぇ、覚えてる?
連続逆上がりを私が先に出来るようになった時の事。
ほんとはね、私、教えたかったんだよ。
連続で回るほうが、もっとジェットコースターみたいで面白いよって、結局自慢話になってしまったけどさ。
あんたが見つけてくれた新しい世界はもっと広がるって事、そしてそれを共有したかったんだ。
あんたに逆上がりを教えてもらって。
逆上がりできなかった自分がすっごく悔しかったけど。
あんたは逆上がりの中に見える不思議な世界を教えてくれたから。
その世界を共有できるってことをその時に知ったから。
だから今度は私が、その世界を教えて、一緒に共有したかった。

なんでかな。今ごろ思い出した。

エライやつを取り合いしていた私達。
一番を得る優越感に浸りたかったって言うのも、あったけどさ。
同じもの目指して走り合いっこしていた、その瞬間瞬間が、すごく好きだったんだ。

ねぇ、私達、求める先は違ってしまったけど。
時々こんな風に、同じ目線で同じもの見つめる瞬間を共有していけるといいね。
ゆっくりと二人、大人になっていく成長を見ながらさ。

 

 

 

 

—–あとがきのようなもの—–

この話は「emotion notes」に収録されているお話のうちの一編です。
この「emotion notes」には全編で共通してある仕掛けを施してますw
仕掛けといっても大したものではないので、このお話読んでても気づけると思うのですが(^^;)
ヒントとしては、この「emotion notes」には挿絵がなかった、ということでしょうか。
わかった方はこそっと投げ文よこしてくださいw


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